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東京高等裁判所 平成7年(ネ)1392号 判決

主文

一  本件附帯控訴に基づき、次のとおり判決する。

控訴人は被控訴人に対し、別紙物件目録記載の墓地への別紙遺骨目録記載の遺骨の埋蔵を拒絶してはならない。

二  附帯控訴費用は、控訴人の負担とする。

理由

【事実及び理由】

本訴請求のうち、金員の支払を求める部分は、訴え取り下げにより失効した。

被控訴人は当審において、附帯控訴により、妨害排除を求める請求につき、訴えを交換的に変更した。

第一  当事者の求めた裁判

一  被控訴人(附帯控訴による新請求の趣旨)

主文一項同旨

二  控訴人

請求棄却

第二  当事者の主張

一  被控訴人の主張

1 被控訴人は、日蓮正宗の信徒であり、控訴人寺院所属の信徒であって、昭和五二年に控訴人が所有し管理する別紙物件目録記載の墓地二区画(以下「本件墓地」という。)を代金一四万円で購入し、永代使用権を取得した(争いがない。)。

2 被控訴人の妻花子は平成三年六月二八日に死亡した。

3 被控訴人は、平成三年九月一〇日控訴人に架電して、別紙遺骨目録記載の遺骨(以下「本件遺骨」という。)を本件墓地に埋葬したい旨申し出、さらに、同月二七日控訴人寺院を訪れ、住職(代表者)に対し、同趣旨の申出をした(争いがない。)。

4 控訴人は右申出をいずれも拒否した。

5 控訴人の主張に対する反論

(一) 日蓮正宗においては、遺骨の埋葬に際し、典礼なるものは存在せず、無量寺霊園規則一条で要求されていることは、使用者が信徒であることと、墓地を霊園として使用することだけであり、控訴人主張のような負担(付款)は課せられていない。

(二) 墓地、埋葬等に関する法律(以下「墓地法」という。)違反の主張については、同法施行規則五条二項の規定から明らかなように、分骨証明書が必要なのは、遺骨を墓地への「埋葬」し、又は納骨堂への「収蔵を委託」する際であって、被控訴人は埋葬を依頼したものにすぎず、右依頼の際にまで、分骨証明書を呈示することは要求されていないので、控訴人の主張は理由がない。

二  控訴人の主張

1 控訴人の主張は、当審において主張を追加し、次に付加するほかは、原判決の控訴人主張のとおりである。

2 被控訴人において本件遺骨を本件墓地に埋葬するには、控訴人の代表者が施行する典礼を拒んではならないことが条件となっている。

(一) 控訴人は、日蓮正宗の宗派の教義に基づく宗教活動の一環としての寺院墓地を開設し、「無量寺霊園使用規則」を定めた。

(二) 被控訴人は、日蓮正宗の控訴人寺院に所属する信徒として、昭和五二年「無量寺霊園使用規則」を承認して、檀信徒名簿に記入し、控訴人寺院との間で墓地使用の契約をなした。

無量寺霊園使用規則には、「一 無量寺霊園は当宗信徒に限り冥加料にて貸与し、霊園として使用する場合に限り許可する。」となっている。これは、日蓮正宗の信仰教義に則り、同宗信徒として、同宗の霊園として使用する場合に限って使用を許可するものであり、自宗派の典礼の執行は、控訴人の墓地利用契約の重要な要素になっている。したがって、檀信徒である埋葬者は、控訴人の典礼を受ける負担(付款)が課せられているところ、被控訴人は、控訴人の典礼を、ことさら、あらかじめ意図的に拒否し、控訴人は教導に及んだが、被控訴人はこれも拒否した。

(三) 寺院墓地管理者は、当該寺院墓地において行われる埋葬蔵に際し、自宗派の典礼を施行する権利があり、無典礼で埋葬蔵を行うことを条件とする依頼に対しては、自宗派の典礼施行が害されることを理由とする拒絶となるから、墓地法第一三条の正当な理由がある。

第二  証拠《略》

第三  当裁判所の判断

一  本件遺骨の埋葬の申出の経緯については、原判決四枚目表一行目から同裏七行目末尾まで記載のとおりである(ただし、同四枚目表二行目の「一二月に」の次に「創価学会最高指導責任者」を加え、同三行目の「創価学会の」を「創価学会主催による」と改める。)。

さらに、平成三年九月か一〇月ごろ、「当霊園に納骨される方は当寺の典礼の施行を受けなければ、埋葬することは、出来ません。霊園所有者各位」との文言を記載したチラシを控訴人寺院の受付に置き、平成四年一月中旬ごろ、控訴人は寺院の入口に「告」と題して、右と同旨の文言を記載した立看板を立てた。

以上の事実によれば、控訴人は被控訴人に対し、控訴人寺院の住職による典礼を受けないことを理由に、埋葬を拒否する旨を明確に意思表示したものと認められ、仮に、被控訴人において、本件遺骨の埋葬許可証(本件の場合は後記分骨証明書)を持参したとしても、同様であると認定できる。したがって、埋葬を拒否していないことを理由とする訴えの利益がないとの控訴人の本案前の抗弁は理由がない。

右につき、控訴人は被控訴人が典礼を拒否しているため典礼を受けるよう教導中であって、埋葬を拒否しているものではないと主張するところであるが、控訴人代表者は原審において、被控訴人が教導に従わない場合は、被控訴人において、埋葬許可証を持参し、離檀届けなり信徒でない旨を明確に意思表明してもらえれば埋葬を許可する旨の供述をしており、本訴提起後、適正な教導がなされた経緯は認められないので、右主張も理由がない(ちなみに、寺院墓地において、離檀や信徒でなくなることを条件として埋葬を許すというような主張は、宗教者としてあるまじきものといわなければならない。)。

二  控訴人の本件訴訟が司法の判断になじまないとの本案前の抗弁については、本件訴訟は墓地の使用権により埋葬の許容を求めるもので、何ら寺院と信徒との間の教義ないし信仰の内容に関して審理判断するものではないから、この点の控訴人の主張はおよそ理由がない。

三  本件遺骨の埋葬に際し、まず当事者間における特約に基づいて典礼を受けないことを理由として埋葬を拒否できるかについて検討する。

無量寺霊園は、控訴人の申請により、昭和三九年一二月二四日墓地埋葬等に関する法律一〇条一項による群馬県知事の許可を受け開設したものであって、本件墓地は、控訴人の管理下にある寺院墓地であり、その管理使用関係については、墓地法の定めとは別に墓地設置者である控訴人と墓地使用者の間で特別の定めをすることができる。本件墓地の使用関係については、無量寺霊園使用規則が当事者間を拘束するものと解される。同規則一条には、「無量寺霊園は当宗信徒に限り冥加料にて貸与し、霊園として使用する場合に限り許可する。」と定められている。

控訴人は、埋葬の際に典礼を受けることは、右規則一条により墓地使用上の負担になっているものと主張するが、この点につき、控訴人代表者は、原審において、埋葬の際の典礼は、本堂に遺骨を安置し、控訴人寺院の住職が本堂で法華経をあげて唱題することであり、日蓮正宗の教義にはないが、通例となっている旨供述している。《証拠略》によれば、日蓮正宗においては埋葬に確定された儀式の形式が定められていないことが認められる(《証拠略》によれば、僧侶の読経が慣行化していることは認められるが、これをもって控訴人による典礼の要求を正当化するものと解することはできない。)。むしろ前記使用規則の文言上は信徒であること、冥加料の支払があること、霊園として使用することのみが要件とされており、控訴人主張のように典礼を受けることが同規則により墓地使用上の負担となっているものとは認定できず、典礼が行われることは事実上の慣行にすぎない。したがって、被控訴人において控訴人が行う典礼を受けることを拒否することをもって、直ちに、控訴人において埋葬を拒否しうるものではない。

また、被控訴人が信徒であることは、当事者間に争いがないところ、日蓮正宗宗規二二四条及び二二五条によれば、檀徒は「寺院または教会に所属し、葬祭追福を委託」する者となっているが、信徒には「葬祭追福を委託」との定めの文言はない。しかるに、その後、平成五年三月九日に右宗規の規定が改正され、信徒についても檀徒と同一の定めとなったことが認められるが、右は、前記認定の宗門と創価学会との軋轢から学会員が僧侶による宗教的儀式を拒否したことを契機として改正されたものと認められるところであり(前記平成三年から同四年にかけての控訴人作成のチラシや「告」の記載も含め、それ以前に墓地使用権を取得した者の同意なしに当然に遡及効をもつとは解し難い。)、このことは、日蓮正宗において、もともと信徒に対し、僧侶による儀式の執行を依頼することを要請すべき根拠となるものが存在しないものと推認できるところである。

しかしながら、寺院墓地は宗教法人である仏教各派宗教の寺院の経営する墓地であるから、その使用において、当該寺院の宗教的感情を著しく損なうことは許されない。したがって、例えば離檀改宗した者が、その墓地を使用するに当たっては、少なくともその典礼に従うべきことを要求できるものと解するのが相当であるとしても、被埋蔵者及び埋蔵をしようとする者が信徒であることが当事者間において争いのない本件においては、日蓮正宗を奉じる者が同宗派に属する控訴人寺院の典礼を受けないというにすぎない。このことは控訴人が埋葬を拒否するに足りるほどその宗教的感情を害するものということはできない。

次に墓地法一三条の埋葬を拒否すべき正当な理由があるかについては、当事者間の特約としても認められない以上、典礼を拒否することが同法の正当な理由に該当すべき事由があると認定することはできず、他に、右正当の理由に該当する特段の事由も認められない。

したがって、埋葬を行うに際し、典礼を拒んではならないとの控訴人の主張は理由がなく、被控訴人が墓地法施行規則五条一、二項の規定による分骨証明証を提出する限り、その埋葬の求めを控訴人が拒むことは許されない。

第四  結論

以上から、本件附帯控訴は理由があるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 稲葉威雄 裁判官 來本笑子 裁判官 浅香紀久雄)

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